2019年10月30日水曜日

着床前診断の問題点 - NIPTとの倫理的違和感

pubooからの転載です。

 [中絶による母体へのダメージ...]の節で、NIPTが対象疾患を拡大した場合を想定し、一度目の妊娠でNIPTが陽性となり中絶した場合、二度目の妊娠・出産の成功率が荒い試算で32~64%と低くなるため、軽度の疾患の場合迷うところだろうと述べた。特に単一遺伝子疾患の場合や、夫婦染色体検査で陽性となった場合には、二度目の妊娠・出産を無思慮に行っても、一度目の妊娠と同じ結果になる可能性が高く、しかも、加齢とアッシャーマン症候群(AS)により状況は悪くなっていく。結局欧米で行っているように体外受精と着床前診断(PGD)の組み合わせで対応するしかない。

 体外授精に関しては日本はクリニックの数も実施症例数も豊富なので、問題は生命倫理に抵触しがちな着床前診断(PGD)の方である。タイで代理母を多数雇う資産家のニュースで誰もが知ってしまったように、タイはアジアでは例外的に生命倫理からの拘束力が緩く、人件費が安いため海外からの顧客を対象とした出生に関するビジネスが乱立している。日本も法的に厳しいわけではないが、事実上厳しい。基本的には、タイでも米国でも、現地を2回訪れないといけないようだ。しかし、冷凍受精卵輸送により日本にいながら米国でのPGDが可能としているエージェントが存在し、タイでのPGDでも同様のエージェントが存在する。特に後者の方は、一般に知られている相場よりもあまりにも安いことを公表しているため、鵜呑みにしていいのか全く分からない。おそらく、受精卵を冷凍すること自体は、大きな問題ではなく、現地に渡航した場合にも一度は冷凍するのではないかと思う。問題は日本から輸送すると必ず2回以上冷凍しなければいけない点ではないかと思うが、冷凍回数と成功実績の関係を数値で示していただかないことには判断材料がない。

 NIPTで陽性が出た場合という、稀なケースに言及してPGDのテーマに入ってしまったが、この流れからも示唆されるように、NIPTはPGDと倫理的にあまり違いがない。次の図のように、一つの図の中にPGDとNIPTの両方の手順を置いて比較してみた。こうしてみると、生命倫理のポイントとして、PGDでは「選別」という手順が入るのに対し、NIPTでは「中絶」という手順が入る。この二つを同罪とみなすか、選別の方がたくさん胚を排除するから罪が重いと考えるか、中絶の方がヒトの顔形に近いから罪が重いと考えるかということになる。これ以降は1細胞のことを受精卵と述べ、卵割して複数の細胞になったものをと記す。

 私は選別で排除される胚の数が、科学的な根拠のある透明性の高い基準にそって制限され、医療目的でない男女産み分けなどという実にくだらない理由のために不当な数の胚が排除されるのでなければ、PGDの方が、妊婦の受ける肉体的および心理的ダメージの両方を軽減できるという点から好ましいと思う。

 医療目的でない男女産み分けについて補足すると、[男女産み分けの国際比較...]の節で詳しく触れるが、ヨーロッパでは少しずつ重症度の低い遺伝性疾患までPGDを拡大しつつ、一度医療目的でPGDが認められ、胚として男女両方が得られ健康上等価であれば、付随的に男女の産み分けを認める方向にある。条件が複雑だが、非常に合理的な考え方をしている。

 PGDは、国内で行うか、海外で行うかにより、違いが出る。本来は国内で平等に行うべきところが、主として透明性の高いガイドラインの不在によって、事情を詳しく知る者だけが国内で利用して、それ以外の大多数は海外で利用する状況になっている。もちろん産婦人科医の方々が良心で動いて下さっているのは間違いない。しかし、結果として状況は患者のためにならない方向で動いてしまっている。NIPTの導入についても、技術的に見ればよいことだったと思うが、生命倫理の点からPGDと大きな差がないと思われるため、違和感はいっそう増した。

 本来ならば、NIPTが採血だけで済むというお手軽な理由でなし崩し的に実施されるのであれば、PGDも範囲を限定して実施基準を透明化すべきであった。

 2014年9月現在のところ、日本産科婦人科学会がPGDに対する「見解」を公表しているが、あくまでガイドラインという名称でもなければ、法的拘束力も全くない「見解」なのである。その割に「適応の可否は日本産科婦人科学会(以下本会)において申請された事例ごとに審査される」と患者にとっては不透明で、学会の立場を強めるのに都合が良い基準が導入されている。この結果、一部で学会見解の拘束力のなさを知っているクリニックだけが100例を越えるPGDに踏み切る一方で、国民の多くはこういったものは「闇」で行なわれているものなので、金を積みさえすれば海外で体外受精してPGDによる男女産み分けまで許され、国内の「闇」のものよりむしろ合法だと考えてしまっている。この結果、海外への体外授精とPGDの紹介ビジネスが基準がないまま乱立することとなり、NIPTという次の技術が登場して現在に至っている。

 政府が日本産科婦人科学会にPGDの見解を示すように促したという記述は検索しても出てこないので、ある意味、この見解そのものが非公式のもので「闇」とも言える。むしろ「次世代の日本国民の間引き」の基準を国民投票などの公的な手段でオーソライズするのを阻み、学会が申請を受理するかどうかという不透明な基準により、ごく一握りの権力のある産婦人科医が自分達の胸三寸のものにしようとしているかのようだ。だったら、日本産科婦人科学会ではなく、似たような名前の日本産婦人科医会の方がホームページが分かりやすいし、別の学会で基準を透明化してくれてもいいのではないかと考えるのが普通である。混同しやすい似たような名前の2つの学会が存在すること自体、公的に区別されなければならないほどの存在でないのを自ら認めているようなものだ。政府が基準を明確にせずに1990年に行われた世界最初のPGDから24年間も放置しているなら、いくらでもある地域の産婦人科学会でローカルに基準を透明化してもらった方がむしろ健全なのではないかという考え方もある。とくに先端医療開発特区が唱えられる近年は、一部地域だけが全国での特定の医療の実施よりも先行するのに不自然ではなくなった。

 NIPTとPGDは同じ生命倫理的基準で取り扱われるべきであり、NIPTが認可されるのにPGDが基準を明確にして認可されないのは、欧米の状況を調べれば調べるほど矛盾が大きい。結果的に、事情を知る一部の人々だけが国内で利用して、さらにお金持ちだけが男女産み分けのために海外で利用して、情報が得られずお金もない者は、遺伝性疾患を患っていても利用できない、それを許容するような見解なら、ガイドラインとさえ呼ばれていないような見解に従う必要があるのだろうか。その効力を疑うべきだと私は思う。

中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率

pubooからの転載です。

 NIPTを受けるという選択肢をとる場合、中絶を前提にしている。しかし、中絶による母体へのダメージと、NIPTで陽性となった場合に、次の妊娠がうまくいく確率を計算した文献は今のところ見つけられない。だが、本来は極めて重要なはずである。遺伝カウンセラーの仕事を高度に考えれば、学術論文を読んでメタ分析により、個々の症例に対してそういった確率を計算してくれてもいいはずだと思うが、果たしてそういったことがどのぐらい困難なものかを、まずは試みようと考えた。

 中絶によるダメージとしては、アッシャーマン症候群だけと考える。この疾患は、一言で言えば中絶した時の傷による癒着により妊娠しにくくなることで、詳しいことは産婦人科医の方々が書いたものを探していただきたいが、日本ではこういった病名や一回の中絶による罹患率を具体的な数値として教えてこなかったようだ。様々な病名で呼ばれているようなので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。2014年12月4日の結果である。

"Asherman syndrome" 約 101,000 件(Asherman'sを含む)
"Asherman's syndrome" 約 89,600 件
"uterine adhesions" 約 15,200 件(intrauterineを含む)
"uterine scarring" 約 12,000 件(intrauterineを含む)
"uterine synechiae" 約 9,570 件
"intrauterine synechiae" 約 8,460 件
"intrauterine adhesion" 約 7,490 件
"アッシャーマン症候群" 約 6,460 件
"uterine synechia" 約 3,890 件
"子宮内癒着" 約 3,870 件
"子宮腔癒着" 約 2,140 件
"子宮腔癒着症" 約 1,760 件
"子宮癒着" 約 1,420 件
"intrauterine scarring" 約 1,070 件

以降では、アッシャーマン症候群で用語を統一する。略記としてASを用いる。

 ASは、流産をするとどのぐらい罹患するかは明確な数値があるが、人工妊娠中絶をするとどのぐらい罹患するか、はっきりと言い切ったものは未だに見つけられない。このことが意味しているのは、中絶に対する宗教的反対運動がつよいキリスト教国の多くで、中絶によってASなどを患って不妊になるのは、自業自得だと考えられており、具体的な数値を示して中絶しようとしている女性に安心感を与えることがタブーとなっているのではないだろうか。しかし、実際問題として、キリスト教国で積極的にNIPTが行われているのにそういった数値がないことは非常に矛盾しているため、何らかの目安はどこかに記されているものと思われる。

 一応、Wikipedia英語版にどういった条件かを記さずに、1回の掻爬術の後16%と記してあるのを目安として信頼することにしたい。この16%という数値が記された元の文献の概要を読むと、早期の突発性流産("spontaneous first trimester abortion")と記されているが、そういう条件を省いて考えてもよいぐらいの数値だと思われたので、Wikipediaで条件が省いて記されて、訂正されずに現在まで残っていると考える。

 ASの結果どのくらい次の妊娠が困難になるか調べようとしたところ、中国の研究グループがASについてのかなり包括的なレビューを出していた。

Yu, Dan, et al. "Asherman syndrome—one century later." Fertility and sterility 89.4 (2008): 759-779.
引用元 184

"Outcomes of Treatment"および"PROGNOSIS"の節に、各条件で、かなり幅を持って記されているが、単純に妊娠率で評価することはできず、ASにより出生率(live birth rate)も低下すると示されている点がおそらく最も重要である。つまり、ASにより流産や死産も増えると述べられている。その上で子宮鏡を使った治療を行えば、大幅に改善すると述べられているが、どのぐらいの患者が子宮鏡治療を受けたかというのが述べられていないため、総数としては分からない。子宮鏡治療を受けて、妊娠に成功したのが74%、さらにその中から出生に成功したのが79.4%と述べられているので、子宮鏡治療トータルで60%付近に落ち着くはずである。これに何割かは子宮鏡治療を受けずに妊娠してしまうものと考えて、トータルで大雑把に半分の50%がASの後出生に成功するものと考えたい。時間経過で自然に治癒する場合があるかもしれないが、そこまで考えても、もともと人工妊娠中絶に限った研究がないので、仕方がない。

 一度目の妊娠で中絶をして16%がASに罹患し、罹患した半分が出生に成功しないとするとすると、中絶当たりのトータルで8%である。もしかすると日本の高度な医療ではもっと小さいのかもしれないが、学会などによるオープンアクセスの文献を見つけられないので、仕方がない。

 一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、ASによるこの8%という確率で、二度目の妊娠・出産が成功しないのを許容するか否かということになる。

 ASに加えて、何年も経た二度目の妊娠の際には、35-39歳で30%といった不妊率*が上乗せされる。しかし、「一度妊娠した女性(妊娠できた)が、その次の子供をもうけられない可能性(不妊率)」と述べられているように、先述のASの8%の一部、妊娠までの成分を、この30%の中に含んでしまっているはずである。しかし、実際問題として分割できず、8%という30%と比較すると小さい数値の中身を、更に分割するほどこの試算には精度がないため、便宜上独立のものと考える。ASをパスするのが92%、年齢による不妊をパスするのが70%とすると、乗算して64%である。不妊率の中には女性・男性、両方の効果が含まれていると考える。更に、一度目の妊娠のNIPTの結果によって場合分けされる。

 ダウン症候群といった典型的なトリソミーで陽性となった場合は、偶発的な染色体の不分離が原因のはずで、夫婦に遺伝学的な原因が存在しないためシンプルで、二度目の妊娠・出産に成功する確率はそのまま64%である。

 単一遺伝子疾患までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、de novo変異の場合を例外として、優性遺伝の疾患で陽性であれば、一度目の妊娠で中絶を行っても、二度目の妊娠でも50%の確率で同じ状況となる。劣性遺伝の疾患で陽性であれば、二度目の妊娠で25%である。それぞれ、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、先述の数値に乗算して、優性遺伝で64%x50%=32%、劣性遺伝で64%x75%=48%である。

 その他の染色体異常症までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、NIPTがそういった疾患で陽性となった後、夫婦染色体検査で異常が見つかるかどうかによって変わり、最も複雑である。夫婦のどちらかが既に染色体異常症である場合には、典型的には優性遺伝の遺伝パターンに近い32%のはずである。ただし、様々な非典型のパターンがありえて、性染色体の異常が絡むと子の性別によって事情が異なったりと、あくまで典型的な場合の数値しか示せない。ダウン症候群の方が子をもうけようとすると健常者の子ができる確率が優性遺伝のパターンよりも高くなり、およそ67%となることが知られている。だが、これは子にダウン症候群が優性遺伝的に継承して流産となる効果を込みにした数値のはずで、流産が更にその後のASの発症原因となるため、67%というように大幅に良くなるとは考えられず、優性遺伝のパターンの32%を少し上回るぐらいではないだろうか。その他の染色体上昇で夫婦染色体検査で異常が見つかった場合、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、32%よりも少しよい数値と思われる。

 その他の染色体異常症でNIPTが陽性となった後、夫婦染色体検査を行っても夫婦のどちらにも染色体異常症が見つからない場合は、基本的には典型的なトリソミーと同様にそのまま64%と考えるしかないが、仮定として最も複雑であるため、ほとんど確かなことは言えない。

 以下に各場合の検討結果を一覧としてまとめる。

典型的なトリソミー 64%
優性遺伝 32%
劣性遺伝 48%
その他の染色体異常症で親から継承の場合 32%を少し上回る
その他の染色体異常症で親から継承でない場合 64%と仮定せざるをない

一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、これらの確率で、二度目の妊娠・出産が成功するということになる。典型的なトリソミーといった場合は64%と考えられるので、それほど問題なく、中絶を検討できるが、優性遺伝とその他の染色体異常症が親から遺伝する場合は32%になってしまうので、かなり迷うところのはずである。

 NIPTの範囲が比較的軽度の遺伝性疾患まで拡大されたとしても、比較的軽度の疾患で陽性となった場合には、中絶を行うのはためらわれる数値と思う。どんな疾患かによって産むかどうかが分かれると思われる。この試算の問題点として誤差範囲を示していない。すでに二度目の妊娠・出産の成功率が50%を切っている場合は、もう一度自然受精で挑戦するという選択肢はないのではないかと言いたいところだが、誤差範囲を広く考えると、それもためらわれる。ともかく、成功率が低くなるにともなって、欧米のように婚外子という選択肢か、あるいは、体外授精+着床前診断(PGD)という選択肢が重要となるはずである。

 最終的にはASといったダメージを受ける妊婦が、NIPTで陽性となった疾患を許容するかどうかで決まる。しかし、将来に遺伝性疾患で苦しむ人口を減らそうとしてNIPTの対象疾患を拡大すると、最も重度の疾患が最初に追加される。NIPTで陽性となる可能性は非常に小さいが、万が一陽性となって、二度目の妊娠・出産が成功する確率を理解すれば、やはり中絶の方向で考えない場合よりも、考える場合の方が多いであろう。しかし、最後には、やはり胎児の生命を絶つだけの正確さがこの試算にあるのかという疑問が生じ、誤差範囲としてはどのぐらいかという話になる。現在のところ、遺伝カウンセラーの方々が上記同様の、英語文献でしか元になる数値が存在しないような試算をしているとは、正直思われず、やはり、誤差範囲を込みで妊婦に試算を示すための努力が研究者レベルでなされるべきではないだろうか。自分が誤差範囲を計算していないような試算を、他人にやってくれというのは気が引けるが、たったこれだけの試算でも実は仮定が少なくなる条件を思いつくまでにものすごく時間がかかっている。私としてはここまでが一応の限界である。

 その他、母体へのダメージとして、麻酔によるリスクが存在するが、ここではその存在のみ述べるだけにしたい。これはNIPTが対象疾患を拡大すればという話ではなく、一般的な話であり、単純に全身麻酔手術は麻酔科医のいる病院で受けた方が安全である。

 NIPTが様々な遺伝性疾患へと拡大された場合、という方向で試算を行ったが、ダウン症候群に関してだけは、[生まれる前のDNA検査...]の節で述べたように、将来的に心臓病の重症度が分かるという、症候群の中でより詳しく調べる方向にNIPTが拡張されるかもしれない。つまり、単純に陽性か陰性かという話ではなく、もっと細かい区分で1年生存率を予測できる可能性がある。ただ、倫理的な選択肢として増える方向になるため、本節の試算でも場合分けで複雑な話に思え、他で試算した例を探しても見当たらないのに、さらに選択肢を提示されてもその情報を有効に活かせるかどうかは、正直なところ分からない。ただ、技術予測としては、将来的にありうるという話である。

ディストピアな未来像 - 生まれの平等性が崩れた世界

pubooからの転載です。

 現状として、21万円を支払えず大きな病院へ何度も通院できないような地方の貧しい夫婦ほど新型出生前診断(NIPT)が受けられず染色体異常症を患う状態となってきている。これは今後技術が進んでNIPTが高度になるほど深刻な問題となる。生まれの平等性を貫こうとすれば、かなり早い段階から、どの疾患からどの疾患まで妊娠中絶といったことをしていいか、そういった生まれのDNA検査のために貧富の差を含んでしまっていいのか、そういう民意への問いかけが本来はNIPTの導入前に必要であった。

 地方でなく都市部でもありがちな例として、妊婦が、男性側に妻子ある不倫交際だったため、自分の子だとすぐには認めず、出産にあたってNIPT費用の21万円を支払えず、しかしそれでも中絶よりも産みたいと思ったとき、ほぼ当たり前になりつつある検査を受けられずにリスクを背負い、その結果患児が生まれれば負担が増えてますます貧乏になるのは、ディストピアへの入り口なのである。

 多少、荒い言葉を用いれば、日本で国民全員を健康保険に加入させ、自治体の病院に血の滲むような病院経営を要求して平等な医療を実現してきたものを、出生前診断というヒトとして認めるかどうかという根本の部分で資本主義的に格差をつけることで、破壊しようとしている。現在の状態が何十年も続き、トリソミーが高価なDNA検査を受けられない貧しい家系だけの疾患となってしまったとき、日本社会は富裕層と貧困層に二分割されているであろう。

 そうならないためには、「ヒトとして生まれを認めるかという基準は限りなく平等でなければならない」。

 裕福な者はより高度な生まれのDNA検査を受けて、より優れた子孫を残せるという社会になってしまうと、悪化したとは言っても他の一部の国々よりましな日本の経済的平等性が、根本の部分から破壊されてしまう。いろいろと齟齬を生みながらも下げたり上げたりして、何とか他の一部の国々よりましな状態に保ってきた実効税率の累進課税の議論は、いったい何の意味があったのだろうか? 生まれの部分で優劣の違いができようとしているのだから、仕事ぶりを客観的に評価すればするほど、富裕層の方が仕事ができるという事実を肯定せざるをえない。後はもう坂道を転がるように差別化が進み、世代を経るごとに富裕層は更に高度な生殖医療に大金を支払って、自分達は貧困層とは生まれが違う、貧困層の社会保障など税金として払っていられるかと考えるまでになってしまう。

 「生まれが違う」

 この表現は、DNA検査が普及する前の時代には現在まで比喩的に用いられて来たが、今後は生殖医療や生まれのDNA検査によって、生まれの違いが、科学的な事実となってしまう。最初に、現状ととして、NIPTで染色体異常症が都市部の富裕層、中流層から排除されつつある。次にNIPTの対象疾患に単一遺伝子疾患が追加されて同様に排除されるだろう。その次は、[みんなが保因者の劣性遺伝病...]で述べた平均約10個の劣性病的変異と、糖尿病やアルツハイマー病といったコモンディジーズが排除されるはずだが、そうなると、対象とする病的変異やSNPsの数が急に多くなり、SNPs周辺を長目に入れ替える必要があるため、違った手順になるだろう。NIPTでは不可能で、着床前診断(PGD)の手順となり、胚のDNAを基本として、問題のない塩基配列を残して問題のある塩基配列の部分を入れ替えることになるはずである。

 そういったヒトのDNA編集によるディストピアを描いたSF映画としてイーサン・ホーク主演による『ガタカ』が特に有名だが、これはあくまで米国映画である。現在もNIPT、PGD、その他の男女産み分けの生殖医療で、世界を圧倒的にリードし続けるこの国は、資本主義的にそういったDNA検査、DNA編集の技術が販売されるのが当然のことと考える傾向がある。こういった考え方は多民族国家である米国独自の考え方で、まずは資本主義があって、後から社会保障を考え、激しい社会運動により、遅まきでも社会保障がそれなりに機能してしまうという、非常に珍しい体質である。

 日本はそうではない。コモンディジーズしか診療報酬点数が決まっていないような歪な平等医療が当たり前のこの国では、NIPTが単一遺伝性疾患を対象に含もうとした時点で、希少疾患の多くが最初から存在しない方が医療のシステムとして都合がいいため、鋳型となる理想的なゲノムを元に、顔形といった限られた形質だけ胚のDNAから取り込んだ、基本がクローンのDNA編集の方が高齢化による医療費の抑制策として現実的と考えられるかもしれない。この極端な解決策が実行に移されれば、一気に医療費は抑制され、しかも平等な社会が出来上がるはずだが、そうなれば、日本人がアジア人とは少し違う人種になってしまう。逆に、反対運動によりそうはならない場合を考えてみても、やはり米国流の富裕層だけのDNA編集が、国内で一般的になるはずである。実際にNIPTがそうだったように。日本の国内が富裕層と貧困層の二つに割れるという経験したことのない状態に陥るだろう。そうなると貧困層をどうやって日本から追い出して、他の国の優秀な労働力をその代わりに日本に入れるかという議論になってしまうのかもしれない。

 もしも、基本クローンのDNA編集、米国流の個性を最大限残したDNA編集のどちらも採用せずに、NIPTを単一遺伝子疾患へと拡大するのさえも否定すれば、他の先進国で導入したのに日本だけが立ち遅れたとして批判を受けるだろう。患ってしまった子の両親はこう思うかもしれない。
「技術的には予防することができるはずの疾患なのに、政府やガイドラインを作る学会が予防のための意思決定をご都合主義的に怠った結果、我が子が患ってしまったのだ。彼らは自分たちの息子や娘が患うまで放置するつもりだろう。だから、我々への補償は訴訟を起こしてでも求めなくてはならない」
医療訴訟は患者の重症度で多くは勝ち負けが決まる。生まれた時からNICUで寝たきりで、1歳にならずに天に召されるような典型的な遺伝性疾患の場合は、もちろん、重症度としては最大限に高いのである。

 現在までの技術の進歩を見ると、NIPTが単一遺伝子疾患を対象とするところまでは、事態は必ず進行する。結局のところ欧米のすぐ後ろを(リスクを避けて)付かず(批判を避けて)離れずで後追いしながら、なるべく国内で実施される生まれのDNA検査だけでも、健康保険の対象とすることで平等な仕組みを作っていくしか、できることはないはずである。十年も経てば医療費の抑制策になるはずなのだから、長い目で見ればNIPTは健康保険で助成されてもいいはずである。健康保険の対象にさえなれば、それなりに平等性が保てる仕組みが既に日本でできているし、単一遺伝子疾患を重度の病的変異から優先して段階的に排除できるようになる。そうなれば、日本のコモンディジーズ中心の医療で5000種類もある希少疾患を900万人から1300万人も診断するという無理な負担も大幅に軽減される。

 しかし、現在すでにNIPTで、資本主義的な格差が導入されようとしている。

 ここまでが、日本国内の生まれの平等性を、NIPTに健康保険を適用することで確保すべきという下りだったが、遺伝性疾患が既知の病的変異に限ってNIPTにより抑制された場合、例えば、ざっくりと十年後、つまり10歳に至るまでの間に、一人あたり平均でどのぐらいの規模の医療費削減につながるか、というのが、今後の課題として残っている。この計算はおそらく非常に困難であるため、本節ではここまでとしたい。

 ここからは多少遠い未来の話であるため、現実味が薄れるが、先述の基本クローンのDNAを編集ということに関して、地球規模の影響を考えると、似て異なる集団を攻撃する本能が発達したヒトという種において、生まれの基準が異なる別の集団を内部に抱えることは社会的不安要因になりうる。

 身近なところで『機動戦士ガンダムSEED』というアニメ作品の中では、特定の集団が出生前にゲノム配列を操作した結果、野生型とは別の集団として発展し、互いに戦争をする未来が描かれている。

 ヒトは、似て異なる集団を攻撃するという本能がもっとも発達した動物である。土地、食物、水が足りなくなった厳しい状況では、それらを分け合っている別の集団を殲滅した方が、自分の集団が生き残る確率が向上する。だから別の食物を摂取する他の種よりも、同じ食物を摂取する類似種の集団の方が、殲滅すべき対象なのである。こうした事実を説明したところで不愉快な思いをするだけなので学者達はあまり説明したがらないが、ホモ・サピエンスはネアンデルタール人の集団を殲滅し、唯一の存在として生き残った。[23andMeのその他の結果]の節で私自身のネアンデルタール人のDNAの割合を紹介するように、我々は個体としては数パーセント程度ネアンデルタール人のDNAを引き継いではいるが、集団として見た場合にはやはり殲滅したと考える方が適切だろう。逆に我々がネアンデルタール人のDNAを引き継いでいることが、2つの集団が同じ地域に住んでいたことの証拠なので、いったん争いが起これば、おそらく言語能力に差があったろうから、現代のようになるべく話し合いの姿勢で臨んだとは思えない。話し合いの通じる現代でさえ、現在もまだ19万人の死者が出ている。

 もしもヒトで似て異なる集団を攻撃する本能が弱ければ、猿にもいろんな種があるように、ヒトにも言語能力の異なる様々な亜種が存在してもいいはずである。言語能力に関してアフリカ人でもアジア人でも不思議なくらい平等で、米英に生まれば誰でも流暢な英語を話し、日本に生まれば不思議なくらいみんな英語が苦手である。それでも辞書を引きながらそこそこの意思疎通は図れるのに、事実として2014年10月現在イラクでは戦火が拡大中である。やはり敵を個人ではなく集団として認識して攻撃する本能が、ホモ・サピエンスはとても発達していると言えるだろう。もちろんよい方向の発達ではない。

 希少疾患を放置して感染症などで偶発的に天に召されるに任せているのは、日本以上にアジア諸国でも言えるので、NIPTの拡大により希少疾患への対応の問題を一気に解決するにも、周辺国にも情報が行き渡り利益がある形でオープンに進めるべきと思われる。その方が、国によってDNAのグレードが違うなどという、不必要な齟齬を生まずに済むはずである。

我が子に故意に良くない遺伝因子を許容する親の罪

pubooからの転載です。

 今はまだ多くの人には受け入れられないかもしれないが、極端な話、iPS細胞による人工子宮によって妊婦の肉体的なリスクや負担が軽減された場合には、おそらく、このように考えることができると思う。ヒトというのは、半分が遺伝因子で、半分が環境因子から構成されている。だから出生すればアキラと名付けられる胎児に遺伝性疾患が存在すると知らされて、そして産むという決定を下した場合には、アキラ君という人格に対して、不利な遺伝因子を与えていることになる。アキラ君はそう名付けられ、両親に愛され、地域社会の影響を受けて育つという環境因子による枠組みであり、その中で人格が育っていく。疾患をもった人が性善であると考えた方が居心地がいいが、実際は患者は善と悪の間で揺れ動いていく。不利な遺伝因子はやはり人格的にも不利な方向に働くことの方が多いのである。



 一度だけ中絶すれば、後は人工子宮により安全に生まれることができると仮定して、健康体に生まれることもできるアキラ君に、知能に影響を与えるほど重度でないとしても、肉体的に他の子より不利となる遺伝因子を与えるということに、両親の罪はないのだろうか?



 米国では疾患のある精子を販売したとして発症した子が精子バンクを訴える訴訟が起こり、どうやら勝訴†している。法律用語に慣れてないので推測調になり申し訳ない。オープンアクセスでないのが残念だが、2009年に勝訴が伝えられたこの訴訟の場合は、学術論文として因果関係が証明されているようだ†。精子にもPL法が適用†されたとしている記事もあるが、詳細はよく分からない。いろいろと詳細が解説されているのは、ニューヨーク・タイムズのサイトに掲載されている2012年の記事で、精子ドナーによる遺伝病患児が報告された数百例にとどまらず数千例は存在するはずとして、対策の必要性†が訴えられている。報告された数百例というのが、どのぐらいの重症度のものまで含むのかは、記事中では述べられておらず、リンクを辿る必要があるようだ。



 日本語の文献としては、粥川準二による「バイオ化する社会」の第一章で述べられている。



 自主的な対策として、レジストリと呼ばれる登録制により兄弟姉妹となるレシピエント同士で遺伝病の発症情報の共有を図るそうだ。また、ドナーの親族で遺伝病を発症した場合の報告義務、および、精子提供する前のDNA検査の範囲の拡大を、精子バンクと連邦政府に呼びかけるということのようだ。ネブライザーを付けた嚢胞性線維症の患児の写真が痛々しいが、この子の両親が精子バンクに対する訴訟を起こしたとのこと。20年より古くにRocky Mountain Cryobankが問題の精子を入手して、数年前閉鎖されたところを、その精子を嚢胞性線維症について検査済みと文書により保証された状態で、被告のNew England Cryogenic Centerが購入し、両親へと販売したという流れと説明されている。記事の真ん中ぐらいで記されている、カリフォルニア精子バンクの遺伝カウンセラーが神経線維腫症1型(NF1)の病的変異を精子バンクの中に発見したと学術報告†したことと、写真の患児の訴訟の件は、読み取れた範囲では関係はしていないようだ。2013年に入ると、40人の患者が劣化した精子を提供したとして病院に対する集団訴訟†が起こっている。年々コトが大きくなっているようだが、同ウェブページ中でPDFとしてダウンロードできる訴状を眺めても法律用語に阻まれてよく分からない。別の節で述べた医療訴訟の一般的な特徴のように、患者の重症度のみに比例して、陪審員にとって技術的な意味で理解が困難な、医療機関の過誤の程度を含んでいなさそうな雰囲気を漂わせている。こういった訴訟に刺激されて連邦政府が対策を打てばそれが一つの成果だと思うが、もしもそうならなければ患者にも病院にも不幸で、弁護士だけが儲かる仕組みが出来上がるのだろう。



 環境因子半分と遺伝因子半分の人格に、故意に良くない遺伝因子を許容する両親の罪へと話を戻したい。米国のように精子バンクを訴える社会にまだ日本はなっていないと思うし、なった方がいいとも思わないが、そこまでいかずとも両親のその時の気持ちやロマンによって、子という別個体の遺伝因子を意思決定するということに、後々何十年のうちに両親が罪の意識を感じることはないのだろうか? 両親が亡くなった後も子は生きていかねばならないのである。両親が生きている間だけ面倒をみることはできても、その後は? もしも自分達が交通事故で早くに死んでしまったら、誰がその子を助けてくれるのか? 難病法が施行されても予算が足りない足りないから助成の対象疾患をどこまで狭くしようか、なんて議論している日本社会なのに。もしも日本社会がその子の面倒を十分に見てくれるほど暖かければ、難病法なんて21世紀に至らないずっと昔に対象疾患を広げて施行されていたはずだ。これが物心ついてから四十年間、ずっと易疲労性と筋肉痛を感じてきた当事者、そして診断さえ受けられないため難病法の指定などされるはずもない当事者として、どうしても思ってしまうことなのである。



 日本のNIPTの導入の議論で白日の下に晒されたのは、まだ見ぬ我が子という別人格の遺伝因子を、危険に晒すか否か、両親がどちらにでも決定してもいいんだという、傲慢な考え方なのではないだろうか。我が子の健康を求めるのは、両親の権利だが、同時に義務でもあると思う。極端なことを言えば、NIPTが受けられる地域に住んでいて、検査費用の21万円が十分に支払えるのもかかわらず、NIPTを受けることをためらって、自分の子供が遺伝性疾患を患っても構わないと考える人間は、人の親になどなるべきではない。子を虐待して傷つけたり、そうでなくてもネグレクトする可能性が高いのは、そういった層だと思う。周囲や社会と闘ってでも子の病因性を排除しようとするのが、動物の親としての本能に基づく自然な行動だと、私は思う。



 さらに言うと、NIPTが受けられるにもかかわらず受けない方々の多くが、実は、医療目的でない男女産み分けなどというばかな親の都合で、あかちゃんの素である胚を海外に運んでまで着床前診断(PGD)を受けて潜在的なリスクを負わせる人たちと、同じ層なのではないかとさえ思える。[着床前診断の潜在的なリスク...]の節で詳しくふれるが、PGDとNIPTは目的は同じでも、健康なあかちゃんに対する侵襲が存在するのと全くないのとで対称的だ。「間引き」であるにもかかわらず、なし崩し的に国民の十分な議論なくNIPTが導入された点だけは批判すべきだが、健康なあかちゃんに侵襲がないこと自体は、非常によいことだ。



 PGDでは8分割ぐらいしかしていない胚から、8分の1を切除するので、言ってみれば、胚の大きさをヒトの体で考えたなら、手足をもぎ取られるぐらいの侵襲を受けることになる。この結果、他の7細胞に大きな傷を付けてしまうと、その胚はあっさり死んでしまう。だから傷がついた胚は排除されて患児として生まれないと言われているが、男性不妊や父性年齢効果で精子だった時の影響が自閉症や統合失調症まで及ぶことが統計として出てくると、やはり精子を含んで生じる胚にほんの僅かであれ傷がついたら、子が成人してからその後遺症に悩まされることは起こりうるのだ。親が遺伝性疾患を患っている場合には、PGDの潜在的なリスクよりも明らかな遺伝性疾患の方が重症だから海外ではPGDの対象となっている。既にマウスでPGDの動物実験を行ってアルツハイマー病の罹患率の上昇が指摘されているように、仮にヒトでもアルツハイマー病の罹患率を押し上げる形でリスクが表れるとしても、これはPGDで生まれてアルツハイマー病を発症する年齢まで生きた人口が生じるまであと半世紀ぐらいかかってしまう。もちろん、子がアルツハイマー病になるような年齢に至ると、両親は既に他界していることが多いだろうが、言ってみれば、ずっと先の子の健康など知ったことではない、女の子の方が育てやすいし一人産めば我々は祖父や祖母に「子供まだできないの?」と責められずに楽ができる、そういう発想で、男女産み分けだけのためのPGDは、海外で生殖補助医療を受けるための大金を積むことができる限られた富裕層の間で行われているのである。



 しかし、実際には、「医療目的でない男女産み分け」「男女産み分けだけのためのPGD」という、微妙に限定的な言葉を多用してしまうように、特に女性不妊、男性不妊の「治療」の一貫であると主張して、日本で不妊治療を行った記録があれば、完全に医療目的でないとは言い切れない場合の方が多いと思われる。後の節で述べるように、日本で不妊治療として体外受精の処置まで行っても原因が分からない不妊というのは、潜在的な遺伝性疾患の可能性があるはずである。そして遺伝性疾患というのは、例外を除いて、一つの疾患について、重症度の個人差を除くために、患者の間で統計をとったら、進化的に女子よりも男子が重症なのが当たり前である。つまり、日本で多くのご両親が望むといわれている、女子への産み分けを考えている場合は、医療目的であると主張しやすい。



 実際の他国のガイドラインにおいても、[男女産み分けの国際比較...]の節でヨーロッパでの男女産み分けの倫理基準が緩和されつつあることにふれるように、直系の親族に男性で重度となる遺伝性疾患を患った者がいて、PGDを受けようとしている対象の胚が二人目以降の子であれば、ヨーロッパの基準では今後多くが倫理的に認められていくはずである。



 詳しくは、[男女産み分けの国際比較...]の節で扱いたい。



 ただ、広く考えると、PGD、男女産み分けという特に能動的な行為を含まずとも、今日では高齢妊娠のリスクや父性年齢効果が具体的に知られるようになり、ある意味、高齢で子供を作るということ自体が、生物学的には、生まれてくる個人にとっては、ほぼ不利益だと分かっている。実際には高齢の父によるテロメア延長という例外*もあるので、あくまで「ほぼ不利益」としか記せないが。高齢によって増加すると思われる精子や卵子の変異は、非常に長い目で見れば種全体にとっては進化という利益になっても、ヒトの一生の時間スケールで見れば、言ってみれば淘汰という進化の苛酷さの渦中に我が子を投げ込んでいるような状態である。直感的にも科学的にも、高齢により子が遺伝性疾患を患うのに不思議はなく、それを知っていてなお、高齢妊娠、高齢男性授精を行わなくてはならないほど、社会が子を作ろうとしているご夫婦を、子の疾患といった困ったときに支えてくれるかどうか不安だということだと思われる。子の疾患で不安を感じて子を作るのが高齢となり、高齢妊娠・高齢男性授精により更に遺伝性疾患のリスクが増すというのは、悪循環であり、夫婦の事情としてあしらってしまうのではなく、社会保障の仕組みを分かりやすくして不安を取り除く必要があるのではないだろうか。



 私も子に自らの病気が子に遺伝してしまったかもと過去に絶望を感じた身である。タイトルを含め、この節が一部のご両親にとってきつい内容となってしまったことをお詫びしたい。ただ、自らが当事者であったが故に、どうしてもこの節を記さずにはいられなかったのである。

技術としてのNIPT - 生まれのDNA検査の技術予測

pubooからの転載です。

 念を入れての繰り返しになるが、私はNIPTを技術的には支持・擁護するが、DNA検査としての技術面から調べれば調べるほど、NIPTが将来的に遺伝性疾患全体を対象とするであろうと技術予測ができるため、倫理的には、遺伝性疾患全体で一度は大反対をした方がいいと考える。本節は、特に技術面について述べるので、NIPTについて、特に賛同的な内容を含む。


 NIPTにはエクソームシーケンシングや全ゲノムシーケンシングと同様に、次世代シーケンシングの技術が応用されている。多少まんが的に図として示すように、母親の血液中に混じっている胎児のDNAを、次世代シーケンシングで染色体を区別して測定して、母親のDNAとの比率を求めて、胎児の特定の染色体の数を推定する。詳しく描いても理解不足がばれるだけなので、胎盤で血液が混じらずにDNAだけが混じる仕組みなどは描かずに、多少単純化したのはお目こぼし願いたい。2014年9月現在、日本で理由はよく分からないが1社独占の形で行なわれているが、世界的には、Sequenom社MaterniT21 PLUSの他に、Natera社Panorama、Ariosa社harmony、Illumina社(またはVerinata社)verifi、BGI Health社NIFTY、Berry Genomics社BambniTest、LifeCodexx社PrenaTestと、7社7製品ほどあるようだ。多くは略図として示した理解で合っていると思う。2012年の世界市場シェアはMaterniT21 PLUS、NIFTY、harmony、verify、BambniTestの順だったようだ。精度もずいぶんと違うが価格も3倍以上違うようで、最終的には妊婦か、将来的にはできれば保険組合が、支払うことになるので価格競争が望まれる。中でも、Natera社Panoramaは価格が日本で採用されたMaterniT21 PLUSの半分なのに、感度92-99%、Accuracy(特異度?)100%と上回っている。同社のウェブページに掲載されている他社との比較を見ると、どこまで鵜呑みにしていいのか分からないが、驚異的な特異度の高さである。この偽陽性率だけに着目した比較が、"Minimal False Negatives"として示されているが、やはりとても優れている。この理由は、私が描いたまんが的な図と方式が違って、妊婦向けの説明によると、妊婦の血漿から妊婦と胎児のSNPを、妊婦の白血球から妊婦のSNPを、それぞれ決定して比較するという方式によるようだ。"Published articles that relate to..."の2番目に示されている文献によると、このSNPの数は19,488個ということらしい。この方式は、NIPTを遺伝性疾患全体へと拡大するための実証例となると思われる。ではなぜ、この製品が日本で採用されなかったかというと、特許訴訟が問題ではないかと推測される。2013年8月の時点では、Natera社よりもSequenom社および大もとの発明者のデニス・ローに有利な判決が出ていたようだ。デニス・ローは香港で生まれ米国で学んだ研究者で、2014年9月現在は香港中文大学の教授をしている。1冊だけだが、日本語翻訳版としてPCR技術についての教科書*も出しているようだ。香港の人たちからWikipedia上で歓迎されているようで、日本での山中伸弥のような存在になりつつあるのかもしれない。

 私が、将来的にNIPTが遺伝性疾患全体へと対象疾患を技術的には拡大すると考えるのは、NIPTの原理を作り上げたデニス・ロー自身を含んで、対象疾患を拡大する方向で研究が進んでいるからである。

Lo, YM Dennis, et al. "Maternal plasma DNA sequencing reveals the genome-wide genetic and mutational profile of the fetus." Science Translational Medicine 2.61 (2010): 61ra91-61ra91.

父親からも採血を行い、母親のものと比較することで胎児の全ゲノムの塩基配列を決定する手法について、具体的に述べられていて、Fig.1に母系と父系の比較の手法がまとめてある。日本語で概要をまとめてくださっているウェブページもある*。Google Scholarによる引用元の数は2014年12月で258である。

 デニス・ローの研究グループ以外にも、複数の研究グループで研究が進んでいるが、この258というのは、どうやら飛び抜けた数値である。引用元の数の順に並べてみる。

Kitzman, Jacob O., et al. "Noninvasive whole-genome sequencing of a human fetus." Science translational medicine 4.137 (2012): 137ra76-137ra76.
引用元 151

Fan, H. Christina, et al. "Non-invasive prenatal measurement of the fetal genome." Nature (2012).
引用元 134

Bustamante‐Aragones, A., et al. "Prenatal diagnosis of Huntington disease in maternal plasma: direct and indirect study." European Journal of Neurology 15.12 (2008): 1338-1344.
引用元 38

Norbury, Gail, and Chris J. Norbury. "Non-invasive prenatal diagnosis of single gene disorders: how close are we?." Seminars in Fetal and Neonatal Medicine. Vol. 13. No. 2. WB Saunders, 2008.
引用元 38

Bustamante-Aragonés, Ana, et al. "Non-invasive prenatal diagnosis of single-gene disorders from maternal blood." Gene 504.1 (2012): 144-149.
引用元 14

引用元 11

今後も研究が進み、装置としてのシーケンサーの性能も今後もムーアの法則のごとく向上していくので、それに合わせてNIPTの精度は向上し対象疾患も拡大していくと予想される。技術的には。

 遺伝性疾患が追加されていく優先順位としては、GeneReviewsの出生前診断の節に基づく基準が知る限り最も詳細で適切と思われる。GeneReviewsには日本語版が存在するが、医療従事者でない者による利用のされ方に敏感なサイトのようなので、リンクを示して歓迎されるとは限らないので、ここでリンクを示すことはしない。検索すればすぐに見つけることができる。

 GeneReviewsで述べられている基準で、NIPTに真っ先に追加されると思われるのは、知能に影響を与える遺伝性疾患である。具体的には、逆の場合として「知能に影響を与えない」疾患については、「出生前診断は一般的でない」と述べられている。極端な場合として典型的な無脳症の場合には、ほとんど知能が存在しないので、生後死亡例としてカウントされないことさえあるそうだ。ダウン症候群がNIPTの対象疾患として含まれて実施されているのも、他の一部の疾患ほど深刻でないとは言っても、知能に影響を与えているためと思われる。これらは高学歴の医学部教授達が決めた、知能の高い自分たちの立場を社会的に高めるための主張だと批判することは現段階では可能である。平たく言ってしまうと事実上、ヒトの「間引き」を行うかなり重要な基準であるにも関わらず、投票によって市民権を得たことが一度もないからだ。


 2014年12月時点の補足として、もっとも高精度と思われるが日本でNIPTに採用されていないNatera社のDNA検査が、すでに日本で出生前DNA鑑定に利用可能であることが分かった*。おそらくPanoramaと同等の原理と思われる。DNA鑑定に実用的に使えると述べられている限りは、約20000個検査すると述べられているSNPsの多数が、精度よく読めているはずで、実質的に単一遺伝子疾患を検査可能な技術水準に達しつつあるようだ。法律事務所も斡旋しているので、法的にも合法なのを確認済みということになる。気になるのは、既に日本でNatera社の営業拠点のようなものがあるということで、ひょっとしてもう日本のNIPTにNatera社も追加されるのが確定しているのだろうか。

生まれる前のDNA検査 - 科学的因果関係の追求ライン

pubooより転載です。

 [環境因子か遺伝因子か]の節で、迷った際には、その中間の半々という仮定を導入することで、極端な判断を避けるべきだと述べた。この仮定は、子にとって人生最初の、そして場合によっては最後の、遺伝学的意思決定である、出生前診断と中絶に対しても有効かもしれない。

 用語として、[遺伝学用語の混乱...]でまとめたように、遺伝病というとメンデルの法則で遺伝する単一遺伝子疾患を指し、遺伝性疾患というと遺伝病と染色体異常症を合わせて述べる。

 新型出生前診断の略称として、NIPTを用いる。新型出生前診断という名称は日本で名付けられたものであり、略称が存在しないため不便である。技術的な発祥の地である米国を始めとして世界中でNIPT(Non-Invasive Prenatal Testing)またはNIPD(同 Diagnosis)と呼ばれているため、ヒットカウントでは新型出生前診断の方が大きいものの、詳細な文献を探すことはできない。以下にグーグルを用いたヒットカウント分析の結果を示す。

"Non-Invasive Prenatal Testing" 約 65,200 件
"Non-Invasive Prenatal Diagnosis" 約 56,500 件
"Non-Invasive Prenatal" NIPT 約 23,900 件
"Non-Invasive Prenatal" NIPD 約 16,000 件

"新型出生前診断" 約 98,800 件
"新型出生前検査" 約 19,600 件
"無侵襲的出生前検査" 約 4,730 件
"非侵襲的出生前診断" 約 1,260 件
"非侵襲的出生前検査" 約 348 件
"無侵襲的出生前診断" 10 件
"非侵襲性出生前検査" 7 件
"無侵襲性出生前検査" 3 件

日本語と英語であまり対応しておらず混乱がみられる。診断と呼ぶか検査と呼ぶかは、微妙なニュアンスの違いで、一般的には診断の方が検査とカウンセリングの両方を含むことが多いのに対し、検査の方はカウンセリングを意識せず技術的意味で用いることが多い。本節ではその部分はあまり触れずに、短くて普及しているNIPTを用いたい。
  
 妊婦の血液採取だけで21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー(エドワーズ症候群)、13トリソミーを検査できるNIPTが開始された。現状、都会の病院に何度も通院できて費用が支払える者に限るという条件がつくことは、後の節で、貧困層だけからトリソミーが生まれるという新しく導入される格差の課題として扱いたい。生命倫理の建前論から反対している知識人達も患児が生まれたら自分達が代わりに育てるとまで公言して反対している者は、知る限りいない。むしろ、生命倫理の観点から反対するのは全く逆ではないかという考えをまず最初に述べたい。

 「生まれたら」、と何気なく記してしまったが、常染色体トリソミーは生まれずに胎児までの段階で天に召される症例の方が多いのである。特に18トリソミーと13トリソミーはそうで、生まれても一歳の誕生日を迎えられる患児は僅かである。具体的には、18トリソミーで一歳の誕生日を迎えられるお子さんは10%と述べられている。13トリソミーについては20%と読める。21トリソミーでは88~96%と読める。トリソミーという疾患全体の基本的な特徴として、番号が若くなるほど重度である。つまり、重症度は21<18<13の順となっており、逆に患児の数は21>18>13となる。だから、13の方が18より1年生存率が高いというのは、おそらく、文献の記された国や年による影響であろう。近年になるほど日本の1年生存率はNICUの整備により伸びているはずである。Wikipediaでは情報が少ないので、18トリソミーの患児会と、13トリソミーの患児会へのリンクを示す。

 これ以外の常染色体トリソミーはなぜ存在しないのかという疑問が浮かぶが、重度すぎて出生まで至らず胎児の段階で天に召されること、つまり流産すると述べられている。トリソミーになっても症状が比較的軽度の遺伝子ばかりが載っている21、18、13だけが産まれることができた疾患として患児を数えられるという状況である。しかし、「比較的軽度」などと言うのは、とんでもない話で、様々な遺伝病と比較してもトリソミーの重症度は非常に重い方である。しかし、これらトリソミーが全て「症候群」と呼ばれている理由は、患児によって重症度に大きな幅があるためである。この理由は、推測だが、関与する遺伝子の数が染色体一本分ととても多いため、3本の染色体の上にのっている変異やSNPの相性によって、重症度に幅ができてしまうものと思われる。

 具体的にどのぐらい幅があるのかという画像検索の結果を示したいが、その前に、抗うつ剤を処方されている方々は、以下のリンクをクリックする前に、処方量を守って服用したことをご確認いただきたい。これからご両親になられる方々のうち、妊婦の方々は、画面から目をそむけた上で、先に男性の方に見るように促していただきたい。産婦人科医の方々は患者の心を守るという医師としての努めが半分、不妊治療を続けさせるという打算が半分でリアルを患者に伝えないが、私にはそういう義務はなく、その代わりにやはり科学的にどこまでがリアルなのかを追求した上で、後から過酷な科学的追求から心を救う方法を考えることにしている。私から見ると産婦人科医の方々は過保護すぎると思え、私も後から気付いたのだが、人の親になるにあたって、様々な病気と直面していかなくてはならないのである。どんな病気なのか、患児の姿をまず知らずに、文章による説明だけでNIPTを受けるかどうか考えるというのは無理がある。このような長い前置きを置くだけの理由があるとご理解いただいた方々だけ、クリックしていただきたい。



21トリソミーについては、詳しく別の節を設けるため、ここでは示さない。21トリソミーは全体的に比較的軽度なはずだが、心臓病といった画像では見えない部分の重症度が患児により幅がある。

 私は、様々な遺伝性疾患がヒトがここまで進化してきたことの代償を支払わされている、犠牲者であると主張している。おそらくこれはトリソミーといった染色体異常症にもあてはまるのではないかと思う。高齢になってから出産するとダウン症候群が増えるのは、男女が40歳近くにならないとめぐりあわないほど個体数が少なくなった状況であり、自然環境で考えると絶滅寸前である。環境に適応できずに絶滅を待っているこの状況では、種としての変化が求められるはずで、21、18、13トリソミーも他の遺伝性疾患と同様に進化の犠牲者であろうと思われる。つまり、進化的に都合がよいから染色体異常症という疾患が抑制されずに現在まで残ったのであろう。言わば、進化の代償として、我々には染色体異常症を引き起こす機構が内蔵され、多数が助かるためには、無作為に神の見えざる手により選ばれる少数が犠牲とならねばならないのであって、そういう意味で、社会は染色体異常症の患児に感謝して、支援の手を差し伸べていただいてもいいのではないだろうか。ただ、科学的因果関係として複雑なのは、ご両親の年齢に依存するという部分と、ご両親自身が何らかの染色体異常症を患っている可能性が存在する点である。これらは遺伝病も同じで、結局自身が検査を受けて、今後の妊娠がどうなるかを分かる範囲で調べ、それぞれのやり方で納得していくしかないであろうと思われる。[中絶による母体へのダメージ...]の中で、NIPTで陽性となった場合に次の妊娠が問題なく進む確率を検討する。

 ここまでで分かるように、実は、NIPTで21、18、13を分けて考えていないことで、混乱が生じている。確かに18と13は成人の患者が存在する21と比較すると人口として圧倒的に少数派なのだが、本著は希少疾患について調べている。もしかすると検査の申し込みの上では、21だけを受けないという選択肢が記されているのかもしれないが、検査費用としての21万円が安価になるわけではないため、選択肢が用意されていたとしても3つのトリソミーをまとめて受ける妊婦が多数であろうと思われる。18と13は、21と比較して非常に平均寿命が短く、奇形も多いため、21とはまた違った倫理的選択がありうるであろうと思われる。つまり、運がよく元気で、比較的長生きした患児のご両親のコメントだけが注目され、そもそも流産してしまってご両親とは呼ばれなくなった方々のコメントはほとんど注目されない。これは染色体異常症で際立ってはいるが、単一遺伝子疾患でも似た状況である。ダウン症候群全体の中の軽症例だけを我々は報道で知っているのであって、重症例ほど表に出ない。私は、本著の最初の方で約23000個の遺伝子に変異がばらけるから遺伝病は希少疾患となるのだと仮説を建てたが、おそらくトリソミーについても23対の染色体にほぼ同じだけ不分離による膨大な人数のトリソミーの患児が存在し、我々は出生した患児だけしか気にしていないということなのではないだろうか。生命の平等性に本当に着目し、胎児もりっぱな生命だから中絶はだめだと主張するならば、流産して生まれなかった胎児の数も統計から探し出してきて述べるべきなのである。そうしないのは、やはり、生命は卵子や精子に近いほど、手足を持つヒトの形をとっておらず、また中絶となった場合の痛みも感じにくいと考えられるからではないだろうか。

 したがって、18、13トリソミーについては、特に先述の画像検索の結果として示したような奇形が3D超音波で明らかに確認できた場合、ご両親が二度とあかちゃんを望まないほどショックを受けてしまう前に、また闘病に伴ってノイローゼを患う前に、なるべく早い段階で中絶をする方が適切とも考えられる。しかし、本著の冒頭で「科学はこころを救わない」と述べたように、ショックを受けたりノイローゼを患う場合というのは、科学的因果関係を追求する人たちだけの問題で、因果関係の追求を、次の妊娠の際にどういった問題が予想されるかだけに留めれば、乗り越えることが可能な問題でもある。具体的には、ご両親のDNA検査や染色体検査をして、産婦人科医が問題なしと言えば、それを信用して自分では必要以上に調べないことも、こころを守るための一つの選択と言える。しかし問題はもうひとつあって、母親、父親のうち、父親の方が理系の考え方をして因果関係と追求するために、母親の方が因果関係を追求したくないのに苦しむといった状況が、インターネットで疾患の情報を検索出来る時代になってから頻発していると思われ、また母親だけが因果関係の追求に拘る場合も、理系女子が増える時代なのだからありうると思われる。ご両親のうち因果関係の追求に拘らない方が、拘る方に、どこまで因果関係の追求を望むか、確認と念押しが必要であろうと思われる。

 もしも産婦人科医がよい人だったり、遺伝カウンセラーの方がいたりする場合には、どこまで拘るかという問題そのものにアドバイスを求めるのも一つの手である。どこまで拘るかを早めに合意しないことには、子の生まれに関することだけに、両親ともが包括的な知識がない中でむやみに真剣になり、最終的に離婚まで至った夫婦も多いはずである。[希少疾患全体の罹患率...]でも欧州の患者会による文書から別の遺伝性疾患の悲惨な例を示した。子が病んだままそんなことになった場合は悲惨だが、健常者の家庭でも稀に虐待といったことが起こっているこの社会ではそれが現実である。しかし、そんなことを調べても不愉快になるだけなので統計としては存在しないだろう。子の疾患の原因を自分ではなく夫や妻が原因と考えたり、逆に自分が原因と決めつけたりと、半分は科学的に真実なのでこれらは否定が難しく、「どこまで因果関係に拘るか」決めることが重要なのだと認識するまで時間がかかるのが普通である。私自身がそうであった。極端なことを言えば、最終的にどこまでもこだわれば心中という道しか残されなくなるため、早めに「このぐらいまでやって諦めよう」「あなたもこんなに調べたら気が済むでしょ」というラインを設けることが重要である。おそらく、これは中絶を選択した場合と選択しない場合の両方に当てはまる。

 NIPTに話を戻すと、将来の話だが、21トリソミーは患児数また成人した患者数が多くGWASやDNA検査に基づく比較が適用しやすいため、NIPTにより心臓病といったより細かい区分で重症度が判断できるようになる可能性がある。そういった場合に、やはり一つの基準として1年生きられる見込みが何割かという観点から、ご両親になるべく正確な予測確率をお伝えして、判断材料を提供すべきではないだろうか。21トリソミーはあまりにも長生きされている患児とそのご両親の声だけが前に出すぎている。4~12%の1歳を超えることなく天に召されたダウン症候群の患児の方が苦しく短い人生を歩んだはずなので、こういった予測が可能になるのであれば、これらは重症度としては18、13の方に近い症例ということになる。ダウン症候群を患っている方々の中には比較的軽度でも長く生きれば苦しいのだと考える方々もおられるかと思うが、自らが苦しいからこそ、なおさらそういった苦しみを新しい生命に味合わせるべきではないのではないだろうか。いずれにせよダウン症候群は、症候群であるので、重症度に大きなばらつきが大きいことを前提に、NIPTそのものも改善していくべきと考えられる。

 念のため、再度ご留意いただきたいのだが、私はNIPTに技術的には賛同するが、DNA検査としての技術面から調べれば調べるほど、NIPTが将来的に遺伝性疾患全体を対象とするであろうと技術予測ができるため、倫理的には、遺伝性疾患全体で一度は大反対をした方がいいと考える。詳しくは後々示したい。

新型出生前診断と着床前診断 - 技術的に◯、倫理的に☓

pubooが本年11月末日で閉鎖されることを知ったので、アマゾンのUNdiagnosedに掲載していおらず、pubooにしか残っていないページをこちらのブログに移動することにいたしましたm(__)m

 次の節から、新型出生前診断(NIPT)と着床前診断(PGD)について、DNA検査の観点から入ってかなり深くまで述べることになる。私自身が確定診断を得るためにシーケンシング結果を公表するという倫理的争点なので、もともと倫理の問題に本著は立ち入りやすく、次世代シーケンシングという同じ技術を用いているNIPTについても、当初予想していた以上に深入りすることになってしまった。本節では、最初に誤解なきよう、私が技術的にはNIPTやPGDに賛同しながら、倫理的には一時的に大反対すべきだと考える理由を述べる。

 最初に、本章は、全体として、これまでのDNA検査の章、感染症の章、進化の章といった章よりも、まとめるのが困難になっていることを認めたい。現在もまだ模索中の部分が多い。

 現状として、NIPTおよびPGDこそが、遺伝病および染色体異常の根本治療戦略であり、既存の患者を治療することはできないが、新しく生まれてくる生命を我々が味わっているような苦しみから開放することができる、唯一にして最大の手段である。ただしNIPTの方には中絶によるアッシャーマン症候群、PGDの方には1990年から始まったために生まれた子に成人病といった人生の後期に発症する疾患の罹患率が高いかどうか、未検証の部分がある。問題なのは、NIPTもPGDも日本では倫理的問題をかかえ、互いに倫理面で整合性がない。NIPTが学会基準により認可されるならPGDもまた透明性の高い基準で認可されるべきだし、その逆であれば、理想的には、どちらも法により禁止すべきである。現状は倫理よりもNIPTが採血で済むという効率性が前面に出たきわめて不公平な状態が発生している。もちろん国内で実施しないだけでなく、海外で受けた者、海外へ卵子や受精卵を送って受けた者に対する罰則も含めてである。犯歴さえ残れば効果的と考えられるので軽度の罰則で十分と考えられる。しかし、あくまで「理想的には」である。

 ダウン症候群の患児、患者の多さ、ひいては患者会としての活動力の強さが、NIPTとPGDの導入に暗い影を落としている。本著でNIPTとPGDが「間引き」であることを倫理的には強調するものだが、欧米でNIPTやPGDの技術が検証され完成されるにつれて日本との差が広がりつつあり、PGDの規制が結果的には、お金さえあれば国外でPGDを受けて健康な子を男女産み分けして産めると考える人口を、不妊治療に絡んで増やしている。長期的にはNIPTにもPGDにも反対し続けることは不可能であり、私はNIPTやPGDに対して一時的に大反対をして、NIPTやPGDによりダウン症候群の患児の出生が減ることで行政の支出が抑制される分を5割以上程度、ダウン症候群の患者か患者会に還元するように要求する方が現実的であろうと提案する。その大反対の際には、NIPTが将来的には全ての遺伝性疾患の間引きを対象とするであろうと技術予測ができるので、他の遺伝性疾患の患者会にとっても対象となるのは時間の問題であり、ダウン症候群と同じ立場なのだと訴えていくことを提案する。ただし、NIPTに全面的に反対すると、8~9割が1歳の誕生日を待たずに天に召される18トリソミーと13トリソミーの患児がNIPTへの反対運動により発生してしまうので、あくまで18と13トリソミーについては、NIPTに反対はしない、21トリソミーについてのみ反対している、18と13のNIPTを21のNIPTとセットにしているのは、行政と医師の都合であり、あくまで21トリソミーのNIPTについてのみ反対する姿勢を明確にしたほうがいいであろうと思われる。

 他の遺伝性疾患が一般に寝たきりになるのに対して、ダウン症候群は逆に元気になるという非常に特殊な存在である。私は自分の調べてきた様々な病気とダウン症候群を比較してある一つの仮説を建てた。ダウン症候群はヒトへの進化の途上に存在した染色体増加現象の主役ではないかという仮説である。つまりヒトとチンパンジーの共通祖先は、その前の種のダウン症候群みたいなお父さんとお母さんが産み、育てたのであろう主張して・・・みている。これがどのぐらい当たっているかは分からないが、調べてみるとカール・ユングを始めとして染色体が46本から48本へと増えることがヒトの進化であると考える学者は存在する。その中間である47本たるダウン症候群は、寝たきりではなく元気になる、生殖能力は特に男子では健常者より少ないが、それを補うかのように性欲が強い、つまり頻度で子孫を残そうとしているかのように思える。心臓といった臓器の問題さえなければ、自然環境では知能が低いのは現在ほど大きな問題ではなく、子供を産んで育てたのではないかと思われる。現在のように80年も生きることはなかったので、お父さんお母さんとしての役割を終えたら死んだところで、子を残したことが唯一で最大の成果だった時代の話である。心臓の問題もそれほど大きくはなかったのかもしれない。

 また、ダウン症候群を通じて46本から47本へ、47本から48本へと二段階で染色体を1対増やそうとすると、両方の場合で、半分異なる進化した姿の種を、産んで、育てるという行為が必要になる。私はこれが、ヒトの幅の広すぎる愛情の起源なのではないかと思う。なお、チンパンジーとヒトの共通祖先は48本で、ヒトに進化するときに2対が1対へと継ぎ足されて46本に戻った。本数は減ったが長さとしては増えている。愛情というのは、進化的には自分の子供に対してのみ発揮された方が生存のためには有利であるはずなのに、ヒトは他人の子にも愛情を覚え、さらにはイヌやネコといった異種までにも執着する。これは生存のためにはマイナスにしかならない。特に、子供が変なトカゲや蛇や小動物に興味をもって何となくかわいいと思って近づいた結果、噛まれて感染症や毒で死亡するといったことは自然環境では頻繁に起こったはずで、異種に対する愛情というのは進化的には害以外の何物でもない。長年、私の中でヒトの不必要に幅の広すぎる愛が謎だったのだが、半分進化して姿が変わった存在であるダウン症候群を愛さなければ生き残れなかったとすれば、説明可能である。つまり、我々はダウン症候群のことをかわいいと思うように言ってみればプログラムされていることになる。多少目の配置とかが違っても、それをかわいいと感じるように我々はできているのだろう。さらにダウン症候群のお父さん、お母さんも、半分異種である共通祖先を愛したから今日の我々が存在すると考えられる。二段階で異種への愛が試されたのではないだろうか。そう考えるとヨーロッパ人から見てダウン症候群の患児がアジア人のように見えたので、かつてモンゴロイドと呼ばれたという事実と、[外国人ハーフによる小進化...]の節で述べているヨーロッパ人に近い人種のお父さん、お母さんからアジア人の姿の子が生まれた、そして可愛いから他の子よりがんばって育てたのが今日のアジア人なので、アジア人はより子供ぽくて親の愛を得やすい姿になったのだ、という仮説の間で、偶然ヨーロッパ人のダウン症候群の患児と我々アジア人が似たと考えるよりは、必然的に似たとも考えることができる。

 また、高齢妊娠・高齢男性授精をするという状況は、自然環境においては男女が巡りあうのに40歳近くまでかかったということになり、種の集団の個体の数が激減して、絶滅寸前の状態である。この状況でダウン症候群が高頻度で生まれてくるのは、絶滅寸前であることに対応して、進化を促進しようとしようとする作用が働いているのではないだろうか。こう考えると、単一遺伝子疾患と同じく、ダウン症候群が進化の犠牲者、必要悪である可能性は非常に高く、・・・もしも染色体としての進化を促進する存在であると、他の動物の似た例か何かが発見されて学術的に証明されたなら必要悪ではなく、まさに必要ということになるのだが。ともかく、進化の犠牲者ならば、進化の頂点として健康な生活を謳歌しているヒトの健常者の方々が、NIPTの対象として最初に指定されてしまったダウン症候群への助成の増額を認めてくれてもいいのではないだろうか。もちろん、最終的には他の遺伝性疾患もそうなった方がいいという思惑はあるが、ダウン症候群で無理なら他の遺伝性疾患でも無理であろう。

 ダウン症候群が染色体の進化の主役と考えると、ダウン症候群に罹患すると逆に元気になるという他の病気ではありえない特徴が説明可能である。過去において染色体が増える途中で、強くなければ次の種へと生命を繋ぐために生き残れなかったからだ。そうして元気という特徴をもってしまった結果、ご両親がご高齢になり病気になった際に、患者会が人を雇ってダウン症候群のお子さんのところに派遣するぐらいの費用は今後ますます必要になると思われる。これまではダウン症候群の患者のご両親同士で助けあって乗り切った部分が、若いダウン症候群の患者がNIPTにより増えなくなることで問題が深刻となるので、NIPTにより新しいダウン症候群の患児が増えないことによる行政の予算の抑制分を、全部ではなくとも半分ぐらいはダウン症候群の患者会が得るのは論理として通用すると思うのだ。行政と医師は新しい生命をダウン症候群から守るという倫理に基いてNIPTを導入し、倫理に基いていたからなし崩し的に導入が進んだのであって、ダウン症候群に対する行政の支出を抑制するためだとは一言も言っていない。ならば、結果的に行政の支出が抑制される分を、ダウン症候群の患者会の弱体化を補うために使うのは、問題がないはずということになる。そうならないならば、やはり「次世代の日本国民の間引き」であるNIPTとPGDは、どちらも国民投票により対象疾患として18、13トリソミーだけでなくダウン症候群を含むべきかどうか決めるべきであろう。

 この目的のために、多少は現在のNIPTの問題点を突くことが必要で、口にせずとも疑問に思っていることを取り上げた方がいいと思われる。現在日本ではNIPTとして一社独占の形で性能が悪くて値段が高いシーケノム社のNIPTが採用されている。しかしこの会社は、2009年に大きな不祥事を起こしている。どうやらNIPTの治験成績を改ざんしたようである。こういった不祥事を起こしてまだ5年も経たずに復活して来るようなDNA検査会社は日本のNIPTコンソーシアムなどを通じて、医師にしかるべき何かを配っているのではないかと疑う方が自然であろう。もしも3D超音波装置などという金額はかかるが患者の利益にもなると思われる装置を配っていると、多少、どうすればいいか分からなくなるが。ともかく、不祥事から5年で完全復活して日本に1社独占で販売できてしまっているのは、何かを配っているのは間違いないであろう。

 技術的には長期的に考えてNIPTやPGDを支持・擁護し、倫理的には一時的に大反対をするという、私の立場は複雑だが、このようにして説明するための努力は行っているので、どうかご理解いただけると幸いである。