2019年10月30日水曜日

中絶による母体へのダメージ - 次の妊娠がうまくいく確率

pubooからの転載です。

 NIPTを受けるという選択肢をとる場合、中絶を前提にしている。しかし、中絶による母体へのダメージと、NIPTで陽性となった場合に、次の妊娠がうまくいく確率を計算した文献は今のところ見つけられない。だが、本来は極めて重要なはずである。遺伝カウンセラーの仕事を高度に考えれば、学術論文を読んでメタ分析により、個々の症例に対してそういった確率を計算してくれてもいいはずだと思うが、果たしてそういったことがどのぐらい困難なものかを、まずは試みようと考えた。

 中絶によるダメージとしては、アッシャーマン症候群だけと考える。この疾患は、一言で言えば中絶した時の傷による癒着により妊娠しにくくなることで、詳しいことは産婦人科医の方々が書いたものを探していただきたいが、日本ではこういった病名や一回の中絶による罹患率を具体的な数値として教えてこなかったようだ。様々な病名で呼ばれているようなので、グーグルを用いたヒットカウント分析を行う。2014年12月4日の結果である。

"Asherman syndrome" 約 101,000 件(Asherman'sを含む)
"Asherman's syndrome" 約 89,600 件
"uterine adhesions" 約 15,200 件(intrauterineを含む)
"uterine scarring" 約 12,000 件(intrauterineを含む)
"uterine synechiae" 約 9,570 件
"intrauterine synechiae" 約 8,460 件
"intrauterine adhesion" 約 7,490 件
"アッシャーマン症候群" 約 6,460 件
"uterine synechia" 約 3,890 件
"子宮内癒着" 約 3,870 件
"子宮腔癒着" 約 2,140 件
"子宮腔癒着症" 約 1,760 件
"子宮癒着" 約 1,420 件
"intrauterine scarring" 約 1,070 件

以降では、アッシャーマン症候群で用語を統一する。略記としてASを用いる。

 ASは、流産をするとどのぐらい罹患するかは明確な数値があるが、人工妊娠中絶をするとどのぐらい罹患するか、はっきりと言い切ったものは未だに見つけられない。このことが意味しているのは、中絶に対する宗教的反対運動がつよいキリスト教国の多くで、中絶によってASなどを患って不妊になるのは、自業自得だと考えられており、具体的な数値を示して中絶しようとしている女性に安心感を与えることがタブーとなっているのではないだろうか。しかし、実際問題として、キリスト教国で積極的にNIPTが行われているのにそういった数値がないことは非常に矛盾しているため、何らかの目安はどこかに記されているものと思われる。

 一応、Wikipedia英語版にどういった条件かを記さずに、1回の掻爬術の後16%と記してあるのを目安として信頼することにしたい。この16%という数値が記された元の文献の概要を読むと、早期の突発性流産("spontaneous first trimester abortion")と記されているが、そういう条件を省いて考えてもよいぐらいの数値だと思われたので、Wikipediaで条件が省いて記されて、訂正されずに現在まで残っていると考える。

 ASの結果どのくらい次の妊娠が困難になるか調べようとしたところ、中国の研究グループがASについてのかなり包括的なレビューを出していた。

Yu, Dan, et al. "Asherman syndrome—one century later." Fertility and sterility 89.4 (2008): 759-779.
引用元 184

"Outcomes of Treatment"および"PROGNOSIS"の節に、各条件で、かなり幅を持って記されているが、単純に妊娠率で評価することはできず、ASにより出生率(live birth rate)も低下すると示されている点がおそらく最も重要である。つまり、ASにより流産や死産も増えると述べられている。その上で子宮鏡を使った治療を行えば、大幅に改善すると述べられているが、どのぐらいの患者が子宮鏡治療を受けたかというのが述べられていないため、総数としては分からない。子宮鏡治療を受けて、妊娠に成功したのが74%、さらにその中から出生に成功したのが79.4%と述べられているので、子宮鏡治療トータルで60%付近に落ち着くはずである。これに何割かは子宮鏡治療を受けずに妊娠してしまうものと考えて、トータルで大雑把に半分の50%がASの後出生に成功するものと考えたい。時間経過で自然に治癒する場合があるかもしれないが、そこまで考えても、もともと人工妊娠中絶に限った研究がないので、仕方がない。

 一度目の妊娠で中絶をして16%がASに罹患し、罹患した半分が出生に成功しないとするとすると、中絶当たりのトータルで8%である。もしかすると日本の高度な医療ではもっと小さいのかもしれないが、学会などによるオープンアクセスの文献を見つけられないので、仕方がない。

 一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、ASによるこの8%という確率で、二度目の妊娠・出産が成功しないのを許容するか否かということになる。

 ASに加えて、何年も経た二度目の妊娠の際には、35-39歳で30%といった不妊率*が上乗せされる。しかし、「一度妊娠した女性(妊娠できた)が、その次の子供をもうけられない可能性(不妊率)」と述べられているように、先述のASの8%の一部、妊娠までの成分を、この30%の中に含んでしまっているはずである。しかし、実際問題として分割できず、8%という30%と比較すると小さい数値の中身を、更に分割するほどこの試算には精度がないため、便宜上独立のものと考える。ASをパスするのが92%、年齢による不妊をパスするのが70%とすると、乗算して64%である。不妊率の中には女性・男性、両方の効果が含まれていると考える。更に、一度目の妊娠のNIPTの結果によって場合分けされる。

 ダウン症候群といった典型的なトリソミーで陽性となった場合は、偶発的な染色体の不分離が原因のはずで、夫婦に遺伝学的な原因が存在しないためシンプルで、二度目の妊娠・出産に成功する確率はそのまま64%である。

 単一遺伝子疾患までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、de novo変異の場合を例外として、優性遺伝の疾患で陽性であれば、一度目の妊娠で中絶を行っても、二度目の妊娠でも50%の確率で同じ状況となる。劣性遺伝の疾患で陽性であれば、二度目の妊娠で25%である。それぞれ、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、先述の数値に乗算して、優性遺伝で64%x50%=32%、劣性遺伝で64%x75%=48%である。

 その他の染色体異常症までNIPTが対象疾患を拡大した場合は、NIPTがそういった疾患で陽性となった後、夫婦染色体検査で異常が見つかるかどうかによって変わり、最も複雑である。夫婦のどちらかが既に染色体異常症である場合には、典型的には優性遺伝の遺伝パターンに近い32%のはずである。ただし、様々な非典型のパターンがありえて、性染色体の異常が絡むと子の性別によって事情が異なったりと、あくまで典型的な場合の数値しか示せない。ダウン症候群の方が子をもうけようとすると健常者の子ができる確率が優性遺伝のパターンよりも高くなり、およそ67%となることが知られている。だが、これは子にダウン症候群が優性遺伝的に継承して流産となる効果を込みにした数値のはずで、流産が更にその後のASの発症原因となるため、67%というように大幅に良くなるとは考えられず、優性遺伝のパターンの32%を少し上回るぐらいではないだろうか。その他の染色体上昇で夫婦染色体検査で異常が見つかった場合、二度目の妊娠・出産に成功するトータルの確率は、32%よりも少しよい数値と思われる。

 その他の染色体異常症でNIPTが陽性となった後、夫婦染色体検査を行っても夫婦のどちらにも染色体異常症が見つからない場合は、基本的には典型的なトリソミーと同様にそのまま64%と考えるしかないが、仮定として最も複雑であるため、ほとんど確かなことは言えない。

 以下に各場合の検討結果を一覧としてまとめる。

典型的なトリソミー 64%
優性遺伝 32%
劣性遺伝 48%
その他の染色体異常症で親から継承の場合 32%を少し上回る
その他の染色体異常症で親から継承でない場合 64%と仮定せざるをない

一度目の妊娠のNIPTの結果を考える際には、これらの確率で、二度目の妊娠・出産が成功するということになる。典型的なトリソミーといった場合は64%と考えられるので、それほど問題なく、中絶を検討できるが、優性遺伝とその他の染色体異常症が親から遺伝する場合は32%になってしまうので、かなり迷うところのはずである。

 NIPTの範囲が比較的軽度の遺伝性疾患まで拡大されたとしても、比較的軽度の疾患で陽性となった場合には、中絶を行うのはためらわれる数値と思う。どんな疾患かによって産むかどうかが分かれると思われる。この試算の問題点として誤差範囲を示していない。すでに二度目の妊娠・出産の成功率が50%を切っている場合は、もう一度自然受精で挑戦するという選択肢はないのではないかと言いたいところだが、誤差範囲を広く考えると、それもためらわれる。ともかく、成功率が低くなるにともなって、欧米のように婚外子という選択肢か、あるいは、体外授精+着床前診断(PGD)という選択肢が重要となるはずである。

 最終的にはASといったダメージを受ける妊婦が、NIPTで陽性となった疾患を許容するかどうかで決まる。しかし、将来に遺伝性疾患で苦しむ人口を減らそうとしてNIPTの対象疾患を拡大すると、最も重度の疾患が最初に追加される。NIPTで陽性となる可能性は非常に小さいが、万が一陽性となって、二度目の妊娠・出産が成功する確率を理解すれば、やはり中絶の方向で考えない場合よりも、考える場合の方が多いであろう。しかし、最後には、やはり胎児の生命を絶つだけの正確さがこの試算にあるのかという疑問が生じ、誤差範囲としてはどのぐらいかという話になる。現在のところ、遺伝カウンセラーの方々が上記同様の、英語文献でしか元になる数値が存在しないような試算をしているとは、正直思われず、やはり、誤差範囲を込みで妊婦に試算を示すための努力が研究者レベルでなされるべきではないだろうか。自分が誤差範囲を計算していないような試算を、他人にやってくれというのは気が引けるが、たったこれだけの試算でも実は仮定が少なくなる条件を思いつくまでにものすごく時間がかかっている。私としてはここまでが一応の限界である。

 その他、母体へのダメージとして、麻酔によるリスクが存在するが、ここではその存在のみ述べるだけにしたい。これはNIPTが対象疾患を拡大すればという話ではなく、一般的な話であり、単純に全身麻酔手術は麻酔科医のいる病院で受けた方が安全である。

 NIPTが様々な遺伝性疾患へと拡大された場合、という方向で試算を行ったが、ダウン症候群に関してだけは、[生まれる前のDNA検査...]の節で述べたように、将来的に心臓病の重症度が分かるという、症候群の中でより詳しく調べる方向にNIPTが拡張されるかもしれない。つまり、単純に陽性か陰性かという話ではなく、もっと細かい区分で1年生存率を予測できる可能性がある。ただ、倫理的な選択肢として増える方向になるため、本節の試算でも場合分けで複雑な話に思え、他で試算した例を探しても見当たらないのに、さらに選択肢を提示されてもその情報を有効に活かせるかどうかは、正直なところ分からない。ただ、技術予測としては、将来的にありうるという話である。

0 件のコメント:

コメントを投稿