2019年10月30日水曜日

DNA検査の結果の公開 - シーケンシング機会の平等性

pubooからの転載です。

 [遺伝情報差別...]の節で調べたように、日本では遺伝情報差別から患者を保護するための、米国のGINAに相当する法律がない。希少疾患が5000もあるとは考えられていないこの国で、少しでもましな診断を受けるためには、不安に思いながら、シーケンシング結果を公開するしかない。このようにかなり悲観的な考え方が基本になり、しかも日本人口の推定900万人とは言え、希少疾患は14人に一人という社会の少数派となるので、そこまで限った話を書いてもしかたないと悩んだ結果、本節では、DNA検査の結果の公開と機会の平等性について、それなりに共通性の高いトピックを挙げていくことにしたい。

 本著のテーマであるDNA検査の検査結果は、究極の個人情報とも呼ばれて、特に厳重な管理が必要と考えられている。2012年に冨田勝教授がご自分の全ゲノムシーケンシング結果を公開された§際は話題を呼んだこういった行為をするのは、利益にならないからだ。しかし、特別な場合には自分のゲノムは他人のゲノムよりも様々な議論を行うのに制限がないという利点がある。これによって冨田教授は教育目的として、自分のゲノムを教材として講義を行った。私は自分の検査結果を紹介しながら本著を書いている。もちろん、最終的には疑わしい変異を絞り込んで診断を得たいとも思っている。ただし私の場合は、本著を表すにあたって、著作権上の問い合わせを行った各所は私の本名を知っているが、本著自体は作家名で書いている。これは[あとがき]の節に示すように、私の変異のdbSNP登録をプライバシーポリシーの条件を満たして円滑に行うためである。加えて、多少は自分や家族の生活を守るという面もある。

 冨田教授のゲノム公開について、気がついたことがある。公式発表の資料には含まれていないが、公開は日本のデータバンクで行なわれているものの、全ゲノムシーケンシングそのものは日本の検査会社ではなく、中国の検査会社が行った。

本研究には、BGIの全ゲノムシーケンシング技術を用いられました。BGIのNGS技術サポートについて、慶應義塾大学荒川和晴研究員は「当研究所で日本初の実名ゲノム公開及びその教材利用を行う際に、BGIに解析をお願いしました。ヒトの全ゲノムリシーケンスのように大規模かつ精度を要求する解析を、限られた予算内で実現可能なパートナーとしては、BGI以外に事実上選択の余地がほとんどありません。そして、当然ながらその戦略的な価格だけでなく、ライブラリ作成やシーケンシングに関するBGI独自の高度な技術やノウハウがBGI信頼を確固たるものにしています。」とコメントしています。

いくらなんでも、「BGI信頼を確固たるものにしています」なんて、ここまでBGIを持ち上げるコメントを日本の大学の研究員がコメントしたとは思えないので、多少BGIによる脚色が含まれているものと思われる。しかし、私の場合も米国の検査会社でエクソームシーケンシングを行ったので、日本の検査会社のことを、総じて値段が高い割にパフォーマンスが低いという評価はできると思う。

 もちろん値段が高いのは患者のためにならない。患者としては、中国や米国の検査会社の参入は歓迎する。おそらく、世界の工場である中国との差はますます開くことになる。重要なのは、中国の検査会社で行ったシーケンシングの品質評価の基準と、基準に見たなかった場合のペナルティを決めることだと思う。大きな検査会社に対しては品質を下げないが、小さな検査会社に対しては、気を許していると中国の場合、米国や日本と比較すると大きな程度で品質を下げてくるはずだ。これは中国人が意地が悪いということではなくて、中国が10億人の競争社会なのだから仕方がない。日本で小規模のベンチャーなDNA検査会社が安心して中国の大きな検査会社に外注できるように、日本から中国に発注する場合のペナルティの基準を決めるべきだと思う。

 その上で、中国へ外注を行う日本の検査会社には、シーケンシング結果の解釈の精密さと、新たに見つかった変異の検証実験への仲介を行うことを期待したい。どうあがいてもコストパフォーマンスで中国には勝てない。分かり切っていることだ。ムーアの法則が働いた半導体産業でそうだったのだから、同じように幾何級数的拡大を続けるDNA検査でも同じことが起こる。中国へと外注しながら別の品質の高さで勝負するしかない。

 逆に中国に外注しない未来になってしまったら、日本の患者にコストの上乗せを押し付けて、他国の患者より不利な立場に貶めているのだと思う。

 また、冨田教授ご自身が分かって言っておられるのだと思うが、冨田勝教授の以下のコメントは、あまりにも説明が不足している。

最終発表会では、私の遺伝的な身体能力や知的能力、体質や病気のリスクなどの考察・議論がなされ、とても興味深いものだった。当たっていると思われるものや外れていると思われるものもあり、『ゲノムを見ればなんでもわかってしまう』ということでは決してないということが学生たちは体感できたと思う。一方で、体質や能力について統計的な傾向が分かるということも確かであり、それをどのように生活向上のために利用していくかが今後重要になる。

[フィルターを通り抜けた人々...]の節で図として示したように、生物学的フィルターを基盤として社会的フィルターが形成され、そのほぼ頂点にいる人々の中に冨田教授ご自身も入ってしまうのだ。これだけ社会的に成功した理系の成人を全ゲノムシーケンシングしても、うつや高機能自閉症以外何も大きなことは分からないのは当たり前だ。もっとも何も出なさそうな個体という特殊な全ゲノムシーケンシングなのに、全ゲノムシーケンシングなど意外なことは何も出ないと結論を一般化しすぎではないだろうか。本来は、自分がフィルターされた存在であることの特殊性についても言及すべきであった。ご自分のことをよく言うのは難しかったのかもしれないが。

 何かが出る全ゲノムシーケンシングとは、患者や小児だけのことを言っているのではない。綺麗事を抜きにしてはっきり言ってしまうと、社会的に成功していない人間ほど、全ゲノムシーケンシングをすれば思わぬ変異がみられるはずだ。いい意味で言えば、ひきこもりのニートをシーケンシングすれば、実は慢性疲労症候群や自閉症の因子が見つかると思う。治療すれば社会に復帰できる者もいるだろう。悪い意味で言えば、犯罪者をシーケンシングすれば、いくらでも罪の免責に使えそうな因子がみられるはずだ。疑わしきは罰せずという原則に従うと、病因性は証明されていなくても、精神障害と強く連鎖しているSNPsを持っているだけで、十分に罪は軽くなってしまう可能性がある。重い犯罪を犯した者ほど被告弁護士がゲノムシーケンシングを提案して、罪状の軽減を狙うのが普通の社会になってくるはずだ。

 道具は研究機関によってただ発明される。例え善意によって発明されても、特許という仕組みで商品にしてしまった以上、想定した使われ方にならなくても文句を言える立場ではない。後で悪魔に魂を売ったような気持ちになっても、自分の銀行口座に特許補償金が振り込まれているの気付けば、たいていの人間は気にしてもしょうがないと諦めるのだ。

 しかし、予防線を張ることはおそらくできる。何も統計や数値的根拠なきまま規制するのはもっともいけないことだが、DNA検査の結果が罪状の軽減といった利用のされ方をするであろうことに、将来のガイドラインを作るための統計を収集し、また注意を喚起するための最低限の予備的なガイドラインを設定することはできると思う。日本版GINA(遺伝情報差別禁止法)の検討と合わせて、統計を収集するための準備はできるのではないだろうか。

 エクソームシーケンシングの結果を、公的データベースに登録しようとしているが、前例がないため時間ばかりがかかっている。少なくとも、富田教授という健常者の例は見つけられるが、患者は難しいのかもしれない。冨田教授の場合、公開は日本のDDBJというデータバンク上で行なわれているので、私もそれに申し込んでいる。他にも健常者のエクソームシーケンシングの結果を登録できるサイトはあっても、患者は登録することができないようだ。ドイツのGene-talkのサイトでエクソームシーケンシング結果を登録する場合、次のように申告する必要がある。

I read and understood the information material about the purpose of the personal exome project and I am not affected by a genetic disorder.
私はパーソナルエクソームプロジェクトの目的についての資料を読んで理解しました。私は遺伝病に罹患しておりません。

良性の多型の情報だけを収集して、後に患者の結果からそれらを除外し、病的変異の抽出に役立てるためだ。患者に対するサービスの方は、民間のものは残念ながら全てそれなりの費用がかかるようで、登録したい者ほど遠ざけられている気がする。

 これは公的な全ゲノムシーケンシングについても言え、日本人健常者の全ゲノムシーケンシングは1000ゲノムプロジェクトの頃から行っている。具体的には前のリンクの中で"Japanese in Tokyo, Japan (JPT)"という記述があり、105名の日本人が登録されたようだ。しかし、患者が求めて全ゲノムシーケンシングを受けたいと思っても問い合わせる窓口さえない。また、日本の巨大複合プロジェクトである、ゲノム支援のサイトには、2011年度のある報告書の中で、「健常者データとしては新学術領域研究「ゲノム支援」で産出された exome 68 検体」§という記述がある。2011年以前に、およそ70名の健常者ばかりをエクソームシーケンシングにかけたということだと思うが、本当に無作為抽出で選んだのだろうか? 自費で受けなければならない患者の身としては、公費で健常者の全ゲノムやエクソームのシーケンシングを行うのに、どんな方法で無作為抽出を行ったのか知りたい。本当は健常者と言っても、特定の遺伝病の患者の親族とか、完全に無作為には選び抜いていないのではないだろうか?

0 件のコメント:

コメントを投稿