2015年3月26日木曜日

英文併記の意図

UNdiagnosed』にまとまりをもたせるために、節の分離作業を行っています。

 本節では、冗長と思われるかもしれないが、潜在的な誤訳の問題に対処するため、英文併記を続けている意図を記す。

 本著では、Wikipedia日本語版を調べて、そこに回答がなかった場合にWikipedia英語版のリンクを示すことが多い。技術的にはWikipedia英語版の内容を訳して私自身が日本語版に追記することも可能だが、そうしないのは、本著を記している段階では、客観的に追記するのが不可能なためである。Wikipedia日本語版をもしも記したとしたら、どうしても本著の内容に引きずられるはずなので、Wikipedia日本語版に書き足すのは避けている。しかし、いずれにしても、Wikipediaは継承ライセンスが、各ページの最下行付近で宣言されているので、将来的に本著の一部を紙書籍の形で販売したいので広めの範囲を引用、つまり転載することができない。結果的にWikipediaへのリンクは多く示すが、引用は主に英語で記された学術文献から行って、日本語訳を付けるというスタイルになっている。

 本著では今後も、英語文献から引用する際に、なるべく英語と日本語を併記して、原文を残すスタイルを取る予定である。これは、日本語の誤訳が生じた場合に、英語の方を参照してすぐに間違いに気づくようにという自分に対する部分と、読者の方々が間違いに気付いて知らせてくださるという、両方の効果を期待している。英日翻訳の仕事を通じて、結局のところ、絶対的に正しい日本語訳というのは、英文を書いた本人にしか不可能であることを認めることになった。翻訳者の専門知識が、英文著者のレベルに近ければ近いほど、より正確な日本語訳を作ることができるが、たいていの場合は、書いた本人に尋ねなければ代名詞が何を指しているかなど正確には分からず、しかし翻訳業の分野では期限が厳しいので、中道的な日本語訳で当たらず外れずといった訳を作れる翻訳が、クライアントからのクレームが少ないテクニックとして重宝されてるのが実情なのである。

 多くの翻訳会社や翻訳者が、日本語訳の商品的価値を優先して、英文を残すということをしていないが、これは科学的というよりも資本主義的で、愚かな選択である。確かに英文がなければ日本語訳が完成しているように見えやすいため、商品的価値は向上するが、誤訳があった場合に発見と訂正が非常に遅くなる。こういったエラーは知る限り医学といった科学工学および法律の翻訳分野で頻繁に生じており、教授陣が訳したことになっている、かなり有名な教科書であっても日本語版よりも原著で読めと言われるほどである。それどころか、教授陣が本当に訳したのか、本当はアルバイトとして学生に訳させたのではないかと疑うような翻訳さえある。学生や産業翻訳者が訳したものを、教授が一部だけ校正して時間的に無理になったら残りは翻訳会社の社員などで校正し、教授による「総監修/監訳」として、本当の翻訳者を示さずに売ろうとする事例は多いはずである。これは、誠実ではないが「総監修」「監訳」の意味するところが統一されていないので、必ずしも嘘をついているわけではない。本来は総監修とか監訳とかの意味するところを、教授陣が先頭にたって定義するべきなのだが、結託して定義しない方向を貫いているので、タチが悪いが嘘はついていないのである。後ろめたい部分が何もなければ、本当の翻訳者の名前を教授の後ろにずらずらと記すことにより、名前入れるからと言って翻訳料を低く抑える契約とするのが道理だと思うのだが、記さない場合というのは翻訳者の口から実情がばれないようにする方がリスク管理の点で有利なのだろうと想像する。詳しく知っているのは1例だけだが、当たり前のように翻訳会社が扱っていたことから、学術分野によっては慣例化していることのようだ。

 試みに各分野での"誤訳"との共起性をグーグルで調べてみる。2014年10月28日時点の結果である。

"誤訳" "科学" 約 305,000 件/"科学" 約 118,000,000 件=0.258%
"誤訳" "法律" 約 209,000 件/"法律" 約 149,000,000 件=0.140%
"誤訳" "物理学" 約 161,000 件/"物理学" 約 10,100,000 件=1.59%
"誤訳" "生物学" 約 142,000 件/"生物学" 約 13,000,000 件=1.09%
"誤訳" "医学" 約 105,000 件/"医学" 約 48,700,000 件=0.216%
"誤訳" "放射線" 約 50,000 件/"放射線" 約 13,100,000 件=0.382%
"誤訳" "分子生物学" 約 19,400 件/"分子生物学" 約 663,000 件=2.93%
"誤訳" "法律学" 約 7,660 件/"法律学" 約 589,000 件=1.30%
"誤訳" "放射線物理学" 約 890 件/"放射線物理学" 約 35,000 件=2.54%

上記は"誤訳"と共起させた検索結果数の順に並べたものである。これを最後に%として示した誤訳共起割合の順にすると、"分子生物学"、"放射線物理学"、"物理学"、"法律学"、"生物学"、"放射線"、"科学"、"医学"、"法律"となる。実際に検索して結果を見ていただければ分かると思うが、この順で上位となった分野は、ほんの一部の有名な教科書が主な成分である。想像以上に一部の教科書の訳質だけに分野全体が引きずられているようだ。学術分野名とは言えない一般用語の"法律"が、翻訳された定番の教科書というものに縁がないと思われるため最後になっている。最後から2番目として、失礼ながら、意外にも、医学は際立って優秀である。悲しいことに物理学は結構酷い。

 いずれにせよ、誤訳というのは、日本という英語苦手国家の社会現象であるかのように至るところに存在する。これらはほとんど、英語がそれなりに読める人口を対象にしているにも関わらず、日本語版の商品価値を優先して、英文を残さずに日本語訳だけにしてしまった弊害である。電子書籍の時代なので、多少ページ数が増えることには昔ほど拘る必要はないはずだ。逆に今後は、ページ数が増えて酷く困ると感じられてしまう分野というのは、進歩が遅いため電子書籍化が進んでいない活気のない分野とも言えるだろう。誤訳の問題に対処するため、本著では今後も英文と日本語訳を併記とする。そうすれば英語が読める読者が、私の辿々しい日本語訳に対して、英文の方が正しいのではないかと読んでくれて、自分なりに正しい解釈を導いたり、間違いを見つけてくれたりするだろう。それに加えて、多くの読者は、はっきりいうと、私と似たり寄ったりの知識レベルで、まだまだ英文を読むのに苦しんでいる方々も多いのではないかと思う。日本語訳が分かりにくければ、英文にすぐに目を通して分かりにくいと感じた原因を掴んでいただければ、最終的に皆の英語力の向上に向かうのではないかと期待できる。そうすれば、米国政府の政策として、米国の公費で行われた研究の論文を、米国民を始めとして世界中の患者が無料で読めるようにしようとしてくれている利点を、日本の患者も最大限に受けることができるのではないだろうか。この政策はNIHパブリック・アクセス義務化と呼ばれており、後々の節でもう一度ふれる。

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