2015年3月5日木曜日

Y染色体の未来 - 実はなくなっても誰も困らないかも

 [外国人ハーフによる小進化?- アジア人男性の逆説的年上婚]の節でトゲネズミのY染色体がなくなった際の代替手段について学術論文から引用したが、その後、同著者による書籍を読む機会を得たので、本著のテーマに関係する範囲で重要点をおさえておく。

黒岩麻里 著.  消えゆくY染色体と男たちの運命 :.  学研メディカル秀潤社 ; 学研マーケティング (発売), 2014.3. 211,12p ; ISBN 978-4-7809-0892-3

どのみち重い本を何度も読めるほど今後の体力に自信があるでもないので、いつもの通り書籍は買ってもしょうがないと思い、図書館から借りて部分的に備忘録的にスキャンを取りながら読むことになったが、他の書籍よりは非常に患者向き、一般向きの内容で好感がもてた。本体1600円という値段なので、買った方がよかったかもしれない。図も比較的多くてしかも分かりやすい。

 [感染症と遺伝性疾患で重度となる役割 - 男性淘汰進化説]で述べる『できそこないの男たち』を含めて、結局合わせて、5冊に目を通した。残り3冊は、次のものである。

ジョージ・ウィリアムズ 著 ; 長谷川眞理子 訳.  生物はなぜ進化するのか.  草思社, 1998.4. 285p ; ISBN 4-7942-0809-X

マット・リドレー 著 ; 中村桂子, 斉藤隆央 訳.  ゲノムが語る23の物語.  紀伊國屋書店, 2000.12. 424p ; ISBN 4-314-00882-2

ブライアン・サイクス 著 ; 大野晶子 訳.  アダムの呪い.  ヴィレッジブックス ; ソニー・マガジンズ (発売), 2006.12. 437p ; ISBN 4-7897-3023-9

 読んだ後で感じた、結論から言うと、現在の技術水準から順調に科学技術を発展させる限り、Y染色体はなくなって、男性だけが生まれなくなっても誰も困らないはずである。特に『アダムの呪い』の最後の付近に、勢いがなくて泳げなくなった精子のために顕微授精(ICSI)を実施し、更にいずれ卵子同士で受精卵を作るというアイデアが記されている。現在の課題はゲノム刷り込みで、この問題を解決しないと片親性ダイソミー§が全部の染色体で発生すると推測されるため、特に片親性ダイソミーという疾患、ひいては染色体異常症の治療には、Y染色体の問題と絡んで特に研究投資の価値があるはずである。

 卵子はES細胞に転用可能であり、ES細胞は万能細胞なので、精子まで分化させることができれば、女性だけの社会となっても問題ないと思われる。検索してみると、すでにマウスで日本人が成功させているそうなので*、現在の技術水準から順調に発展を維持できれば、Y染色体の消失は、そこまで大きな問題になるとは思えない。おそらく、精原細胞が体細胞分裂により延々と増殖する性質をうまく利用すれば、精子バンクの中で特に遺伝性疾患がないと分かっている精子から、人工的な精子がいくらでも作れる時代が来るだろう。

 極端な話、[着床前診断...]で述べるように女子への産み分けがPGDにより事実上行われており、[新型出生前診断...]と[人権に基づく多様性...]で述べるように、既に生まれのフィルタリングを我々は事実上導入してしまった。ダウン症候群に生まれて不幸だと考えるのならば、なぜ、男性に生まれて重度の遺伝性疾患や感染症で女性よりも多少短命となるのが不幸でないと考えられるだろうか。これは程度の問題であり、産む側の生命選択という意味では、実は同じ問題である。しかも卵子同士の接合子というアイデアの中では、サイクスが言うように、あかちゃんの素である胚を選別しているわけではないため、PGDの際の倫理的問題が発生しない。精子の性別がフローサイトメトリーといった手段で安全に見分けられるようになった場合も同様である。やはり、NIPTが将来的に遺伝性疾患全体を対象とするであろうという倫理的問題を、国民の合意により解決するか、または、遺伝性疾患の患者同士で支えあう仕組みが弱体化するのを助成した上で、技術的にはより一層の発展へと取り組むべきではないだろうか。その方がきっとY染色体の問題も、ずっと早く技術的解決に至るはずである。

 ただし例外があって、現在のペースの技術的発展を維持できなきなくなる可能性が、極めて小さいがゼロではない。変異したエボラといった感染症のパンデミックによって文明として後退してしまったときだけが、男性がいないということが大問題となる。こうなると何の準備もないと絶滅への道しか残されていない。しかし、それも解決策があって、精子を作り出す技術が失われることはありうるが、精子を解凍する技術が失われることは、我々がヒトの知能を維持する限りほぼあり得ない。そのときのために、精子バンクといった施設を電力の供給が途絶えた際に何ヶ月冷凍を維持できるか基準を作っておいて、分かりやすい解凍の手順を日本語と英語で施設の外壁かどこかに残しておけばおとりあえずの絶滅の危機は回避される。停電と液体窒素不足によって自動液体窒素供給装置の稼働時間が限られた場合、一度に全部の精子がだめになるのではなく、優先度を設けて段階的に切っていくようにすれば、最後のものが切れるまでに比較的長く維持できるはずである。それでも、実用的な装置の規模では数ヶ月ぐらいなのかもしれないが、数ヶ月という事実さえ周知させておけば、誰かが子ども、特に男の子を作るために施設から精子を解凍しようとするはずである。ただ、男性なんか復活しなくていいという主義者に悪意によって荒らされないように、段階的に冷凍が切られた精子から取り出し可能として、残りは手出し不可能なロックの向こうに保持する必要がある。

 どちらにしろ、現在のところは、普通の遺伝性疾患も欧米並みにPGDを導入できず解決できない技術水準なのに、女性が圧倒的多数となった未来なんて日本で心配する必要はないと思われる。一般的に先進国では安定して育てやすい女子への産み分けが望まれる傾向があるが、日本では更に女子への産み分け傾向が強いはずである。[外国人ハーフによる小進化...]でアジア人としては女性の方が他人種との結婚に有利で、そこには進化的裏付けがあると述べたが、国際結婚が現在以上に増えるであろう将来においても、日本人女性はヨーロッパ人女性ほどには配偶者を得るのに不利な立場になるとは考えにくい。アジアの中でも中国といった国は、将来においても、女子が増えて困ると考えるかもしれないが、先進国、その中でも日本では、女子が増えても困らないし、わざわざリスクを背負って海外でPGDまで行って女子へ産み分けするのが問題になるほど、疾患に弱くて手間がかかる男子よりも、安定して成長する女子の方を作りたがっているのである。感染症の罹患率にして男女差は非常に大雑把に述べて10%程度の差とみられるが、それでも子育ての10%の負担の増減と考えるとかなり大きい。先進国の夫婦が女子を望むにはそういった打算があると思われる。おそらく、アジア人でかつ先進国という条件に合致して、日本は世界中で一番女子が増えても困らない国である。

 しかし先進国なのにアジア各国の中でも特に男女の職業差が激しいという、日本特有の問題として、女性が多数の社会になりつつある際に、男女の職業差が当然の現在の価値観を維持したままでは、若い男が少なくなって、部署に男性一人だけになった年上の男性部下が女性優位の差別社会だと言い出したりと、変な議論にならないかという点の方を気にしなくてはならないのではないだろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿